大型はエラい??いつかは大型?バイクの排気量至上主義について。

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ワルキューレ・ルーン/ホンダ

 

モリゾノです。

 

バイクと言えば大型ですよね。

いつかは大型。

 

大型、ってかっこいいですよね。高級感があってパワーもあって。

値段も100万オーバーだし。

 

 

 

と、多くのバイク乗りが口をそろえておっしゃりますが、私はこの排気量ヒエラルキーに昔から違和感を感じているので

 

記事を書いてみました。

 

※先に断っておきますが、アンチ大型ではありません。今は5周くらい回ってワルキューレルーンが欲しいです。

 

 

 

 

 

①なぜ大型に憧れを抱くのか

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人によてはでゅ界に感じるかもしれませんが

結論から言うと、「みんながそういうから」じゃないかと僕は思ってます。

みんなが「大型、大型」というから。

 

ネットとか、おじさんたちがそういってるから。

 

 

先ほども言いましたがぼくはアンチ大型ではありませんし、大きいほどエラいと思っています←

 

しかし僕の言いたいことを理解していただきたいので最後まで読んでもらえるとうれしいです。

 

大型(といっても様々なので、代表としてここはCB1300を例に話してみます)

 

このバイクを2週間ほどかりて、熊本⇔鹿児島間を二往復したことがあります。

250キロオーバーの安定感と、低回転からのモリモリトルクは素晴らしかったです。快適だし、まさに大型車の代表。

ただしデメリットも当然あって、取り回しは最悪。重い。そして熱い。

 

バイクの使用用途って、多くの人が、「通勤通学」「ツーリング」だと思うんですけど、それらを総合的に鑑みたときに、大型車って、工業製品として、必ずしも優秀ではありません。

 

 

みんなが言ってる、

 

「圧倒的パワー&安定感」

 

って、必要なのでしょうか。

(もちろんロンツーには必要。ぼくも北海道を走った時はめっちゃGOLDWING欲しくなりました)

 

みんながいうとそれがすごくメリットに感じちゃいますが。

 

大型車のおおきなメリットって、

 

「小排気量車より偉くなった気になれる」

「大型乗ってるとみんなにすごいって言われる」

「なんか注目されてる気がする」

 

これなんじゃないかなって。

「所有欲」と「自己顕示欲」、「承認欲求」を満たしてくれるところ。

 

「所有欲」・「自己顕示欲」・「承認欲求」

 

批判しているわけではありません。

人間みんなもってる欲求です。 

 

 

となると、、、、、

 

製品として、そこに排気量は必要ないんです。

 

 

つまり、

「自己顕示欲」&「承認欲求」は周囲の人間の反応によって満たされるものです。

つまり、「大型=エラい」という社会があるからこそ、満たされます。

 

「所有欲」に関しては、たまに例外の変態もいますが、基本「高級感」じゃないでしょうか。手間のかかった、美しい、部品一つ一つをふきふきするのが楽しい。愛車を眺めながら飲むコーヒーがおいしい。

 

安っぽい、プラスチッキーな大型車って少ないですよね。

(ないとはいってない)

逆に小排気量車って、つくりが安っぽいんのがおおい。

 

どうして小排気量車が安っぽくなってしまうかって、「大型車=エラい」市場なので、小型車にお金をかけれないからです。高級感を出して売ると、「250のくせに80万なんてあーだーこーだ、、」と敬遠されて売れないんですね。ヒエラルキートップのリッターバイクはお金をかけて高級車にできちゃう。200万円でも許されちゃうんですよね~~

 

 

これも「大型=エラい」市場のせい。

 

大排気量車の「性能」なんて、関係ない(笑)

 

 

つまり、「所有欲」・「自己顕示欲」・「承認欲求」を満たすのに、

大排気量の「性能」は関係ないんです(笑)

 

社会が大型をヒエラルキーのトップにしてるから。

つまり、

「みんながそういうから」

 

あくまで僕の考えです。

 

要は、

「大型いいよね~パワーもあるし安定感もあるし」

は全然その通りなのですが、

 

「大型いいよね~。ドやれるじゃん!!」 

っていう人が持っといてもいいんじゃない?っておもうんです。

 

②なぜ普通二輪だと負けたような気分になってしまうのか

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やっぱ大型に負けたような気分になっちゃいますよね。

これはやっぱり、

 

「多くの普通二輪が、兄弟車の廉価版」

 

として売られているからではないでしょうか。

ninja250はzx-10R の廉価版。CB400はCB1300の廉価版。

 

デザインを統一してますもんね。  

 

兄貴分とならべて写す、パンフレットの作り方とか、

さっきも言った部品部品の質感とか。

兄貴分を超える付加価値をつけることってないですし。

 

まあ、普通二輪で満足させちゃうと、

利率の高い大型が売れなくなって困っちゃう、

だから大は偉いんだぞ、という二輪メーカのブランディングだと思います。

 

だから、満足できないんでしょうね。

個人的には400~800ccくらいが好きなんだけどな~

CB400ももっともっと売れてほしい。

VFR800Fのエンジンも好きすぎる

 

 

③排気量至上主義がバイク普及の妨げになっている!!??

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あくまで僕個人の意見ですが、

 

僕の世代って、学生のころバイクに乗り出して、就職して車を手にして、でバイク乗らなくなっちゃってバイクやめる。て人、多いんです。バイク歴5年とか。

 

その背景には、

「もっとバイク楽しみたいけど、偉い大型はお金かかるし、125に乗るくらいならもう乗らなくていーや」

 

て感情があると思います。

もったいないですよね。バイクってほんとに奥が深くて楽しい乗り物で、人を笑顔にできる、しかも人を巻き込める工業製品なのに、降りちゃうって。

 

もし125ccでもめちゃめちゃ愛せる、みんなに自慢できるバイクがあれば乗り続ける

と思いませんか??

 

劣等感が人からバイクを引き離してる可能性はあります。

 

 

ここでも排気量至上主義が、普及の邪魔をしてます。

 

特にこのご時世、バイクって娯楽としては高すぎます。

最高級のiPhoneも、超写真がきれいなカメラも、最新のゲームも、自転車も。バイクより安くであらゆる欲求を満足させてくれます。

 

若者のバイク離れは娯楽の多様化が主要因だと言われ、僕もそう思いますが、

排気量至上主義も要因じゃないかって。思った次第であります。

 

 

④排気量でバイクの価値を決めちゃダメ

 

最後になりますが、バイクの価値をまず排気量ではかる風潮。「

 

排気量至上主義」

が諸悪の根源(ちょっと大げさ)になっていることが

お分かりいただけましたでしょうか。

 

 

もっとバイクの価値って多様化していいと思うんです。

 

ネット上でもリアルでも、みーんなおんなじこと言ってるじゃないですか。

 

価値観が一様すぎるんですよ。

 

速い、とか疲れない、とか収納が、とかおんなじことばっかり言わないで、

 

「とにかく美しんだ、俺のバイクは」

「音だけは誰にも負けない」

「おっそいけどもうかわいくてかわいくて」

「右左折がめっちゃ楽しいんだ。」

「性能はゴミクズだけどなんか笑顔になる」

 

バイクの価値を個人個人が、自分で見つけられる。

めっちゃ楽しいと思いません??

 

本人が楽しければ、べつに盆栽だっていんですよ。

 

その点に関して、世界のホンダは

小排気量で高級車(カブC125とかモンキーとかCBR250RRとか)

最近気合が入ってるので、好きです。

 

 

まとめ

 

バイクの価値は自分で見つけて!!ネット民の言うことは聞くな!

 

 

以上モリゾノでした!!

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